ーこのブログは、東日本大震災による南三陸町、気仙沼市の被災者に直接物資支援を行ってきたプロジェクトの記録です。更新は停止していますが、被災地支援の記録として残しています。
≪3・11から1年≫
「私たちは負けない!」(現地世話人)
「苦しみ悲しみ」(ホタテキャンドル)
動画1福洋丸
動画2ホタテキャンドル
2013年4月29日月曜日
たくさんありがとうございます!
⑤4月28日、大阪府の K様より お菓子…粉等頂きました 南三陸町は風が強くて、桜が6分が散りました ゴールデンウィークのためか 県外ナンバーの車多いですよ。入ってた収穫ポットすぐ植えました 又…お菓子はお客様にすぐ渡しました。ありがとうございます。(志津川入谷Canさん)
2013年4月20日土曜日
解体中の老人ホームの上に桜が咲きました!
4月20日、「解体中の老人ホームの上に桜が咲きました!」
4月18日、「仙台市青葉区 Tさんより 食料品 御菓子類を沢山頂きました 高台の仮設の方々に渡します ありがとうございます」(志津川Canさん)
2013年4月11日木曜日
Canさんが毎日新聞の全国版一面に掲載されました!
※一面とは驚いた!右で手を合わせているのがCanさん。Canさんの談話も掲載されています。
4月11日、「月命日です。横浜市のH様から卵頂きました。 ありがとうございます。 ふじみ薬局様からの団子粉を使い、今日は2ヶ所のお団子を作りました。K様のデコポンもお供え物にしました。
写真上は防災センターの見える五日町。写真下は戸倉在郷(ざいごう )地区です、
約60人の方々が亡くなった場所です 山手にたった一軒の家しか残っていません
小さい部落でしたが 皆 絆の強い地区でした」(志津川入谷Canさん)
4月12日「武蔵野市のK様。お菓子等届きました。毎月ありがだとうございます」(同)
2013年4月9日火曜日
長谷部選手が1億円!
4月9日、ベイサイドアリーナと呼ばれる仮設役場、 仮設病院のあるところに仮設の消防署が建ちました… 仮設に何億も使って良いのでしょうか。 消防署より上の建物は田尻畑地区のお寺のあさひ幼稚園です。サッカー選手 長谷部からの1億円の支援を頂いたそうで杉の大木が津波で被害をうけましたが、柱として蘇りました 」(志津川入谷Canさん)
タンスの肥やし!
4月8日、「田尻畑仮設(15棟)に住む 新一年のお母さんの着付けをしました。 インターネットで借りた着物の色が違ったと残念がってました。志津川の方々は着物 箪笥の肥やしと言いながら 皆持って居たのです。 本当に津波が無ければと 思います。写真は笑顔の一年生です。
愛知県のK様よりデコポン2箱と飲むフルーツ酢を頂きました。また、武蔵野市 ふじみ薬局T様より、甘露煮、 飴 、上新粉を頂きましまた。 飴は高齢者が喜びます。 団子粉は月命日で使わせて頂きます ありがとうございます」(志津川入谷Canさん)
2013年4月7日日曜日
2013年4月4日木曜日
高級ブランドワカメを今年も浜の渡し値でお分けします!
4月1日、南三陸町歌津の世話人として支援物資を配っていただいた漁師の阿部洋一さんが今年も感謝をこめてワカメを浜の渡し値で分けてくれることになりました。昨年同様、外洋で育ったトップブランドのもので、水で戻すとさしみやしゃぶしゃぶでいただけます。値段は浜の渡し値で、史上最高値だった昨年よりキロ700円安いです。→ワカメの話サイトをご覧ください。
2013年4月3日水曜日
2013年4月1日月曜日
丁寧な付箋紙、励ましのお手紙ありがとう!
4月2日、「名古屋市中区のK様より、鞄、石鹸、食器、雑貨、色々を沢山頂きました。 一つ一つ丁寧に説明の付箋紙が貼ってあります。励ましのお手紙もありがとうございます お店で渡しますね」(志津川入谷Canさん)
2013年3月29日金曜日
志津川に慰霊に全校からお坊さんが・・・。
3月26日、「日本各地から宮城に和尚様が35人来て頂きました。志津川には7人の和尚様に6ヶ所を拝んで頂いたのです 写真上は老人ホームです 壊しかたが始まりました 大親友が亡くなった場所です。いつ 悲しみが私から消えるのでしょう… 」(志津川入谷Canさん)
2013年3月22日金曜日
シーツ、卵ありがとう!
3月22日、「豊橋市 Hより 厚手のシーツ13枚頂きました。 早速高齢者夫婦の方にお渡ししました 喜んで帰りました。ありがとうございます」(志津川入谷Canさん)
3月25日、「武蔵野市から卵2箱を頂きました。 毎月です 本当にありがとうございます 志津川中仮設 入谷仮設に渡しますね」(志津川入谷Canさん)
3月25日、「武蔵野市から卵2箱を頂きました。 毎月です 本当にありがとうございます 志津川中仮設 入谷仮設に渡しますね」(志津川入谷Canさん)
リクエストします 「団子粉、片栗粉、天ぷら粉、飴」!
3月19日、「千葉県のT・H様より缶詰 衣類 クーキー マスク ココア
ドーナツを焼機等、沢山頂きました 必ず励ましのお手紙も添え頂きます ありがとうございます。
送る物にお悩みだとお手紙に書いて有りましたので、リクエストをお願いします。
11日にはお団子作をして 和尚さんにお経を唱えて貰っております。
団子粉 片栗粉 天ぷら粉、又、高齢者は飴を好みます できれば…皆に渡ればと思っております、宜しくお願いします 」(志津川入谷Canさん)
11日にはお団子作をして 和尚さんにお経を唱えて貰っております。
団子粉 片栗粉 天ぷら粉、又、高齢者は飴を好みます できれば…皆に渡ればと思っております、宜しくお願いします 」(志津川入谷Canさん)
2013年3月18日月曜日
水産加工工場が中国人を雇用!
宮城県南三陸町に、このほど再建された小さな水産加工工場が中国人数人を採用しました。経営者は津波で夫と工場を失った女性で、「工場を再開して地元の人たちの雇用を確保したい」というのが夢でしたが、働いてくれる人がいなくてやむを得ずということのようです。なぜそうなったのか、毎月、南三陸町を訪問している川崎市の松下さんに中国人雇用の背景を説明してもらいました。
今後、復興住宅が建設され始めると多くの仮設が虫食い状態になることが予想され、仮設での孤立が顕在化するのではないかと思われます。
◇
現在、被災地では地場産業の水産業の人手不足が深刻と報道されています。水産業、水産加工業は南三陸町など多くの沿岸市町村にとって地場の主要産業であるだけにゆゆしきことです。
実際に現地に行って話を聞いてみると様々な背景があるようです。
人手不足なのは、ひとつは復興の遅れで地域を見限って人口そのものが減少していることがあります。
もうひとつは、大震災から2年が過ぎた現在でも国や自治体がガレキ処理のために多くの人を雇用しています。
このため、水産加工業まで人員が回らず、やむなく外国の方を雇用している工場が出てきたようです。この女性経営者のケースも同じようです。
もちろん、水産加工場の賃金が高ければいいのですが、皆さん、地場の中小企業で、借金をして必死で大震災以前に戻るべく努力をしておられるのではそうはいきません。
実際にがれき処理の仕事は国が賃金を支払って水産加工業に比べて相当高い水準に設定されているのです。
誰でも、同じ仕事であれば賃金の高い職を選びます。結果、水産加工業は、寒い、きつい、安い、と3拍子揃っているとみなされているようです。
外国人を採用せざるを得ないことは、工場にとっても大きなマイナスです。水産加工の仕事は単純なように思えますが、実際に拝見してみると実に細やかな考え方が必要な仕事です。例えば、我々、日本人であれば塩を機械にかけるような事はしません。ところが考え方も習慣も違う国の方にとっては問題の無い事もあります。これをひとつひとつ理解させて指導していくのは大変な労力を必要とします。即戦力が必要なのに戦力のない方を雇用せざるを得ないのは体力の無くなってしまった企業にとっては大きな負担です。
大震災が発生して多くの方々が家も職も失った直後は高い賃金の国の施策は有効でしたが、しかし、せっかく復興しつつある地場産業の成長を奪ってしまってはなんにもなりません。今後は賃金が下げられないのであれば、地場産業に対して賃金補助を行うような施策も必要なのではないかと考えております。
(川崎 松下徳太郎)
追伸
山際 様
以前にも書いたことがありますが、南三陸町には非常に多くの仮設住宅があります。ご存知の通り、南三陸町で便利な地域のほとんどは津波で壊滅してしまいました。そのため多くの仮設は不便な地区や山の上に建設されています。私自身、いくつもの仮設にお邪魔していますが、坂がきついだけでなく、切り返さないと曲がれないような道を通らなければならない場所が多いのが現実です。これらの仮設を巡回するバスが運行されているのですが、バスが来るのは下の道までのため、バスを利用するためには坂を登り下りしなければなりません。これは仮設に暮らす高齢者の方々にとっては無理難題です。これが高齢者の行動を制限しているひとつの原因であると考えております。これを解決するには現地で活動しているNPOなどに働きかけて買い物や通院のための送迎サービスを開始してもらうのが良いと思います。現在も仮設に出向いてお茶を飲んだり、話をするNPOが存在しますが、それを一歩進めて高齢者に行動力を与えるべきと考えます。
今後、復興住宅が建設され始めると多くの仮設が虫食い状態になることが予想され、仮設での孤立が顕在化するのではないかと思われます。
それが現実となる前に行動力の弱い高齢者の方々を病院や役場に近い地域に集約し、送迎サービスを使って行動力を補うようなものが出来れば孤立化を少しでも防げるのではないかと思います。NPOから行政にお願いするのではなく、国や自治体が先頭に立ってNPOを育成するのもひとつの方法かと思います。
松下徳太郎
2013年3月14日木曜日
集団移転の整地が進んでいます!でも、入居は・・。
3月14日、「(南三陸町志津川)入谷桜沢災害公営住宅の整地の進み具合です。7月まで整地する計画です 。整地の後、建物を建てて入居するのは平成27年とか。まだまだです。しかも、この場所は 車の運転できる人しか入居しません。車の運転出来ない高齢者は東地区の災害公営住宅を希望してます、歩いて病院に行けるようにです 」(志津川入谷Canさん)
※三陸町の高台移転は上記図のように「3ヶ所の高台移転」。上記写真の地区は、真ん中の地区で災害公営住宅は此所が一番に始まったところです。志津川中からCan三の住む仮設の中間に建設してます。現在、南三陸町の仮設は3300、災害公営住宅が検察されれば徐々に移転が始まります。家賃が発生します。世話人のCanさんも、中央地区を借地を借り、 家を建てたいと考えています。
2013年3月13日水曜日
あれから2年、気仙沼市津谷では!
3月12日、「こんばんは
。ご無沙汰しております。
>皆さんのお陰様で何とか2年が経ちました。 様子は何も変わりません、瓦礫が片付いた位です。
>個人的に家は少しずつ建って来ています、高台移転、 復興住宅はまだ計画中で平成27年頃から建設に掛かる予定です。
>仮設の方々も諦めの様子ですが、 それでも頑張っていますので今後も宜しくお願いします
。
>写真は瓦礫処理の小泉焼却場です。 私も10月から頼まれ週3日事務所で渉外担当として働いています 。少しでも役に立てばと思っています」(気仙沼市津谷Sさん)
>皆さんのお陰様で何とか2年が経ちました。
>個人的に家は少しずつ建って来ています、高台移転、
>仮設の方々も諦めの様子ですが、
>写真は瓦礫処理の小泉焼却場です。
2013年3月11日月曜日
皆さんお体に気をつけて!
3月10日、「横浜のH様から卵ダンボール頂ました。ご丁寧な手紙も頂ました。御礼のハガキをだしました。今まで本当にありがとうごさいました。また、都内のH家さまから日本酒2升届きました。ありがとうございました。 最近大分暖かくなりましたが、お身体大切にしてください」
(志津川袖浜仮設Oさん)
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